紙端国体劇場様の二次創作置き場。
2010/10/30 (Sat)15:30
思い出の詰まった場所を見つめる。
新しぃ一歩を踏みだそぅ。
砂塵が舞う。
「…………」
黒い制服が白く煤けるのを気にせずにただ、立っていた。
レールが枕木が駅舎が、なかったことになっていく。
ささやかだったけれど、幸せと思い出の詰まった場所が壊されていくのを、遠くから見つめていた。
ばきり、と枝の折れる音。
「こんなとこにおらんでもえぇじゃろ」
呆れた声に緩慢に振り返った。
鼻息荒く立っている小柄な姿。
「俺にはこの場所くらいで良い」
「はぁ……」
強情じゃのぅ……、とぼやいて隣に並んだ。
また視線を元に戻す。
もぅもぅと上がる砂埃。
積み上げられる瓦礫の山。
「お前は、頑張るんじゃぞ」
「ぇ……」
唐突な言葉に相手のつむじを見た。
「お前は、」
「山陽」
何事か言いかけたのを遮る声。
ビクリ、と揃って肩が揺れる。
恐る恐る振り返れば有名な顔が二つ揃っていた。
似た造作の顔に形の違う制服を纏う。
「あ、」
「どこに行ったのかと思えば」
小柄なほうが無造作に歩み寄ってくると当たり前のように腕を掴んだ。
「……兄さん」
それを追いかけてきたもう片方が引き止める。
「何だ?」
「もう少しだけ、お願いします」
引きずって歩いていこうとする姿に頭を下げた。
「すまん、あと少しだけじゃ」
それを見て、弾かれたように頭を下げる同僚だった姿を呆然と見つめる。
「ここに、何があるというのだ」
眉間にきつく寄った皺。
吐き捨てるような問いかけに口が動いていた。
「人の思いが笑顔が、日常が、詰まってます」
意志の強い黒い瞳が見上げてきた。
瞬き一つしない双眸に唇は動き続ける。
「俺には大切な場所です。思い出の詰まった、場所です」
今はもうあんな状態ですけれど、と小さく付け加えた。
ゆっくりと瞬きを一回。
少し厚い唇から溜め息が零れる。
「それなら何故、こんなところで見ているんだ」
「……え?」
止まっていた足が歩を進めた。
腕は相変わらず掴んだまま。
「まっ」
「大丈夫だ」
追い縋ろうとした背中を大きな手が捕まえる。
「何故じゃ!?」
「あの人は優しい人だから心配はいらない」
食って掛かる姿を酷く冷めた目で一瞥して、視線をもとの場所へ戻した。
解体現場に人影が二つ増えている。
おろおろと、らしくもなく挙動不審な背中を平手で叩かれ背筋が伸びたのが見えた。
高速鉄道二人の姿に現場に緊張が走るのがわかる。
「…………」
穏やかに見えて冷たい横顔を見上げた。
「なんで、アイツだったんじゃ」
「さぁ?」
なんでだと思います?、と薄い笑顔。
ぞ、と背筋が寒くなった。
返事を待たずその視線は眼下の二人へと戻っていく。
威風堂々とした黒髪の背中。
その隣に一歩引き気味ではあるが立つ長身。
戻した色に不満を言われたのだと困ったように言っていた金の髪は妥協して茶色に染められ、最後の時に比べて随分と伸びた。
笑いあっている姿に安堵する。
「あんたも変ったの」
「そうか?」
丁寧な物言いが抜けて知っている口調。
一瞬冷たい色が過ぎる瞳。
すぐに何事もなかったように少し無愛想な表情に戻したけれど。
「あの人……あいつを『篠山』と呼べるのはもう俺だけだ」
「……歪んどるのぅ」
ついでに変っとらんな、と溜め息。
「俺の優先順位は兄さんが一番ですから」
わざわざ柔らかい口調でとんでもないことを宣言すると、踵を返した。
「どこ行くんじゃ?」
「あの二人のところだ。危なっかしい」
く、と片方の眉を上げて歩き出す。
口調はさっさと元に戻していた。
「次はないだろうけど、またな」
振り返ることなく片手を振ると、その姿は見えなくなった。
「……やれやれ。曲者ばかりじゃの」
頑張れ、と名前の変った元同僚に苦笑を零すと、その場所を離れる。
彼には自身で選んだ『次』があるのを少し羨ましいと思いながら。
「わしは、これからどーするかのぅ……」
北の空の下を走る無愛想な弟の顔が脳裏を過ぎった。
「久々に会いに行くか」
ぽつり、零して見上げた空はどこまでも青かった。
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